大阪府議会議員 かじき一彦 公明党

会派で高知県を視察

6月22、23日(木、金) くもり時々雨

 会派で高知県を視察しました。

 1日目はまず高知工科大学(香美市)へ。山本真行教授に大地震や火山噴火など地球が発する超低周波音「インフラサウンド」を観測し、防災・減災につなげる研究についてお話を伺いました。(写真1)

 すでに大学や政府機関などによる「全国インフラサウンド観測コンソーシアム」が結成され、各地に観測機器が設置されています。

 資料には「津波に限らず、火山の噴火や雷・豪雨によって生まれた低音を、これまでとは違う手段で感知することができれば、より災害に強い社会を実現できるはずです」とあります。

 私たちも研究室に設置されている観測機器で、部屋の扉を開閉したことで出る空気の振動を検知するデモを見せてもらいました。精度の高さに驚かされました。山本教授の研究室の前で写真に納まりました(写真2)。

 続いて高知市が太平洋沿岸部に設置した津波避難施設のうち、長浜津波避難タワーへ行きました。2015年12月に完成、582人を収容できます。(写真3)

 南海トラフ巨大地震が発生した場合、この地域には36分後には津波が到達すると予想されています。鉄骨造3層構造で2、3階部分が避難場所です。地上高は2階で6メートル、3階は9メートルで、想定津波浸水深(2メートル)より余裕を持たせています。

 地震発生からの3日間をしのぐ想定で、テントや簡易トイレ、アルミシートなど最低限の資器材だけを備え付けています(写真4)。高知市内には避難タワーが計8か所、一定期間滞在できる避難センターが計3か所設置されています。

 2日目の午前中は高知県森林組合連合会(南国市)へお邪魔しました。同連合会はCLT(直交集成板)をはじめとする木材を使い、2階建ての会館を2016年3月に完成させました。写真は建物2階の様子です(写真5)。

 CLTとは板を互いに直交するように積み重ねて接着したパネルで、強度に優れていることから大型の建築物での利用が見込まれています。

 高知県は2013年、全国に先駆けてCLT建築推進協議会を発足し、原則すべての公共建築物を木造化の検討対象として取り組んできました。国や県の補助制度を使い、CLT建築の普及を図っています。同組合会館内で写真に納まりました。(写真6)

 午後はNPO法人日高わのわ会(日高村)に伺いました(写真7)。もとは2003年10月、住民の有償ボランティアグループ「わのわ会」が始まりです。喫茶や軽作業、配食サービスに始まり、日高村から介護予防、地域支え合い事業を受託します。

 05年3月、NPO法人化してからは精神障がい者向けの小規模作業所や特産品のフルーツトマトを使った商品開発など事業範囲が広がっていきました。

 活動の原点は「地域の人たちの困りごとを解決するため、たくさんの人たちと協力しながら村づくりをすること」です。

 村をひとつの家族として考える“村まるごと家族プラットフォーム”、「わのわ」はみんなのおせっかいおかあちゃん、という表現がよくあてはまっている、と感じました。

 おまけの1枚。有名なはりまや橋です。これまで高知を訪れても写真を撮る機会がなかったのでこれが初めてです。(写真8)


写真1

写真2

写真3

写真4

写真5

写真6

写真7

写真8

気象庁大阪管区気象台を視察

6月21日(水) くもり

 会派で気象庁大阪管区気象台(大阪市中央区)を視察しました。

 近畿地方2府4県、四国地方4県、山口県を除く中国地方4県の地域の気象予報などを取りまとめる役割をしています。また、東京の気象庁が機能しなくなった場合は大阪管区気象台が肩代わりすることになっているそうです。

 気温や湿度、天気や降水量などは屋外で観測しています。風向や風力はビル風の影響を受けない場所で観測しているとのことです。私たちも観測機器を見せてもらいました。(写真)

 いつ襲ってくるかわからない自然災害に備えるためにも気象に関する正確な情報は不可欠です。


写真

会派で広島県、山口県を視察

6月15、16日(木、金) 晴れ時々曇り一時雨

 会派で広島県、山口県へ視察に行きました。

 1日目はまず、広島県教育支援センター(東広島市)のSCHOOL‟S”(スクールS)を訪れました。(写真1)

 2022年4月に開設、県内の不登校の小中学生を対象に対面とオンラインの両面で社会とつながる場を提供し、個々の状況に応じた学びを通して社会的な自立を目指すのが目的です。

 ‟S”には「児童生徒(Students)が自分で選んだ(Select)秘密基地(Secret)のようにワクワクする特別な(Special)場所(Space)」という意味が込められています。

 多い日は40人が通学、10人がオンラインでスクールS とつながっています。元は教員向けの研修施設だった建物を職員らが大掃除し、教室らしくない環境づくりに力を入れています。近隣の中学校の美術部生徒による黒板アート(写真2)や、スクールSに通う子どもたちが自由に描いた円で埋め尽くされた壁(写真3)はここに来たいと思わせる雰囲気づくりに役立っているようです。

 時間割は午前中に2コマ、午後に1コマ設定があり、何をするかは子どもたちと話し合って決めます。

 私たちが訪れたときは午後の1コマの時間帯で、学習室の片隅で一生懸命に勉強する子もいれば、プレイルームで友達同士遊ぶ子、タブレットでゲームに没頭している子と様々でした(写真4)。学ぶ子、遊ぶ子、お互いに邪魔をしないような気づかいはできている、とのことです。

 35年以上あった「心のふれあい相談室」を改編しスクールSを始めた2022年4月はコロナ禍でもあり、オンラインでの利用(写真5)がほとんだと想定していたそうです。広島駅から最寄りの八本松駅まで在来線で30分、駅から徒歩10分かかる立地条件を考慮すれば、不登校の子どもが通ってくるとは思えなかった、と振り返っていました。

 予想に反し、通う子どもの方が多くなっています。環境が充実し、集まって元気に過ごすことができるリアルの大事さはオンラインだと体験できないことです。不登校の子どもたちにはまずスクールSを居場所にしてもらい、その次に目標や自己実現を考えてほしい、もともと通っていた学校に復学することは特に目指していない、とのことです。県内の市町村でスクールSをお手本にした環境を整えてほしい、というのが県教育委員会の狙いです。

 続いて広島市現代美術館(同市南区)にお邪魔しました。1989年5月、同市の市制施行100年と広島城築城400年の節目に開館した同館は国内初の公立現代美術専門館です。

 80年10月、広島市文化懇話会が「文化都市ヒロシマのシンボルとして現代美術館の設置」を提言したことに始まり、85年3月「広島市現代美術館基本計画」が出されました。

 基本理念として①現代をみつめ、未来への展望をきりひらく美術館②国際的視野をもった美術館③新しい文化創造の核となる美術館④都市の活性化につながる美術館、の4つを掲げます。

 設計者は黒川紀章氏で、世界建築ビエンナーレグランプリ(89年)や日本建築学会作品賞(90年)を受賞するなど、同氏の代表作の1つとなっています。

 2020年12月からバリアフリー化など改修工事を進め、23年3月にリニューアルオープンしました。私たちは18日が会期末の「Before/After」と題した記念特別展にぎりぎり間に合いました。

 「アートナビ」と呼ばれるガイドさんの案内で、改修前の美術館の写真や案内表示(写真6)、今回の特別展に合わせて出展されている作品(写真7)を見せてもらいました。ここですべてを紹介できないことをご容赦ください。

 建物の正面で写真に納まりました。丸い屋根の切れている部分は爆心地の方向を指しています(写真8)。入り口付近には被爆した旧広島市役所庁舎にあった庭石がはめ込まれており、色の違いでお分かりいただけると思います。(写真9)

 2日目の午前は山口県などが運営するやまぐちDX推進拠点「Y-BASE」(山口市)へ行きました(写真10)。最先端のデジタル技術の体験や、専門スタッフによる相談や技術支援を受けることができます。

 2021年11月の開設から今年5月までの間、約4500件の利用があり、195件の専門的な相談に応じてきました。製造業や観光業、小売業など幅広い民間事業者のほか、県内自治体からも依頼が来ています。

 私たちもこの場所で製造業での不良品の発見(写真11)、拡張現実(AR)を活用した観光体験(写真12)、自治体の窓口で職員の話す内容を音声認識で画面に表示する装置(写真13)などのデモを見学しました。

 Y-BASEの担当者は「まずはやろうという気持ちが大事。もやもやしていることを明確化すること」と話していました。相談を繰り返す中で課題を深掘りし、なるべく予算に合うものを提案しているとのことでした。

 午後は文化振興拠点「クリエイティブスペース・赤レンガ」(山口市)を訪問しました。(写真14)

 県立図書館の書庫として1917年に建てられ、29年の図書館移転後は県教育会館の一部として使われていました。82年、文化団体が保存管理し、文化施設としての諸条件が整うなら、との前提で県が保存に向けた協力を表明。山口市が国の「ふるさと創生基金」などを活用して再生工事をし、92年5月に開館しました。

 1階は展示会向け、2階はコンサートや演劇向けのホールとなっています。2階のホールは80人ほど入ることができ(写真15)、年間稼働率は90%を超えるそうです。95年に山口市が製作したチェンバロ(写真16)を使ったコンサートも開かれているそうです。

 おまけの2枚。広島市内を移動中に撮影した原爆ドーム(写真17)と、新山口駅前にある俳人、種田山頭火の銅像(写真18)です。種田は昭和初期、当時の小郡町矢足に住んでいたとのことです。


写真1

写真2

写真3

写真4

写真5

写真6

写真7

写真8

写真9

写真10

写真11

写真12

写真13

写真14

写真15

写真16

写真17

写真18